
「来るな…来るなよ!」
肉斬り包丁を構えた若い男が血走った目で叫ぶ。目の前のそれに向かって。 男に差す漆黒の影。全長3メートルを超えるそれは――
巨大な巨大な、“人”の姿。
眼鏡の奥、暗闇に紅く輝く瞳は絶対の異質を孕み、背負ったランドセルから発する気配は獣すら越え鬼に迫ろうというものだ。半ズボンから伸びた脚はパルテノン神殿の支柱を思わせる頑健と麗美。
若い男は確信していた。このままでは――“喰われる”と。この圧倒的怪物の前に、肉切り包丁など何の役にも立たないと。
何とか言いくるめる他は無い。自分がこの雪山のペンションで確かに人を殺したということを、隠し通すしか無い。
「ま………待てよ。俺じゃあない……俺じゃあないんだ。アイツを殺してなんか無い。本当だ。トリックはどう説明する? 俺にはアリバイがあるんだ!」
「…May be…(…そうかも知れぬ…)」
巨躯の開いた口から漏れた言葉に、男は手応えを感じる。…行けるか? しかし続いた言葉は――
「…Not may be…(…そうでないかも知れぬ…)」
男が不安や絶望を感じる事は無かった。
その言葉と同時に、彼の肉体は弾け飛んでいたから。
水を含んだ柔らかいものが硬いものに叩き付けられ、破裂する時に近い音が響いた。
こうして、見事に“雪山ペンション雪女郎伝説殺人事件”は解決した。
「お手柄だったねコナンくん!」
事件中舞台を覆っていたブリザードは止み、朝日が眩しく照っている。
それを台無しにする警察の群れを見ながらレンねえちゃん(同居人・美人)から貰った言葉に、巨躯は表情を動かさず、呟いた。
「…May be, or not may be…」